BOE

TOP-3.BOE
目次

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3-1.BOEとは、

BOEとは、Bank Of Englandの略称である。日本語に略せば、イングランド銀行である。イギリスの中央銀行にあたる組織である。運用通貨は「英国ポンド」である。一応、通常では単にポンドと記載することがあるが、ほかの国でもポンドを使用している場合があるので、語弊のないようにしている。日本からしてみれば、底まで使われているようには思えない通貨であるが、世界的に見れば流通量も多い通貨である。日本円との取引とは、マイナー通貨ペアとして取り扱われることがあり、基本的には、USD/JPYとGBP/USDの取引を併用してポンドを取得している場合がほとんどである。また、クロスドルに限らず、クロスユーロでも取引される場合がある。その場合には、GBP/EURとEUR/JPYの取引を用いることとなる。
2018年6月23日現在、そこまで金利が高く設定されているわけではない。しかし、変動率が大きめなので、少額でも大きな利鞘や損失を被ることとなる。なので、クロスドルやクロスユーロの取引でリスクヘッジをしつつ、取引を行うのが一般的な取引でないかとされている。ポンド円で取引してしまうと基本的に個人で取引している場合が多く、大きな損失を短時間で抱えてしまうことがある。注意してもらいたい。

3-2.EU加盟国なのに?

EU加盟国なのにユーロの使用をしていない。基本的にEUに加盟するときには自国の通貨を捨て、ユーロの使用を前提としている。なので、ユーロ以外の通貨を使用するのはタブーとされている。しかし、イギリスの場合は例外的に認められている。まあ、イギリスがいなくなってしまうとEUの存在価値が落ちてしまうので、ポンドの使用を例外的に認めておかざるおえないという側面もあるのであろう。しかし、イギリスは国民投票により、EUからの離脱が決定した。そのため、今後はEUからの離脱も視野に入れておかないといけないわけである。しかし、イギリスの国民投票があったからといってすぐにEUから離脱できるわけではない。EUの予算分担金の未払い金などの徴収があり、これらのお金が足かせとなって離脱は無理なのではないかという予測も出ている。なので、EU離脱ができるかどうかはまだまだわからないというのが実情である。

3-3.EU離脱と日本経済への影響

イギリスのEU離脱の可否に関する国民投票が行われる前は、市場予測としては、EUからの離脱は防げるのではないかという予測が立っていた。しかし、国民投票終了後、開票してみると一転、EUからの離脱が決定してしまった。過半数を超えて時点で、その一報が世界中に飛び火すると、一転ポンドが急落。それにつられ、ほかの通貨も軒並み暴落もしくは乱高下する展開となった。為替だけで問題は収束せず、日本の株式市場にも影響を与えた。日経平均先物市場においては、まだ数回しか使用したことのない、サーキットブレーカーが上がり、取引は一時中断。原因は大きく下落したために、サーキットブレーカーの使用が行われる暴落率まで暴落してしまったことによる。これにより、個別株も大きな影響を受けた。結局、イギリスは一国の国民投票によって、世界を揺るがす事態となってしまったのだ。

3-4.BOEの政策金利の推移

BOEの過去の政策金利の推移を以下にまとめた。

1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
2018年0.50.50.50.50.50.5
2017年0.250.250.250.250.250.250.250.250.250.250.50.5
2016年0.50.50.50.50.50.50.50.250.250.250.250.25
2015年0.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.5
2014年0.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.5
2013年0.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.5
2012年0.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.5
2011年0.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.5
2010年0.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.50.5
2009年1.510.50.50.50.50.50.50.50.50.50.5
2008年5.55.255.255555554.532
2007年5.255.255.255.255.55.55.755.755.755.755.755.5
2006年4.54.54.54.54.54.54.54.754.754.7555
2005年4.754.754.754.754.754.754.54.54.54.54.54.5
2004年3.754444.254.54.54.754.754.754.754.75
2003年43.753.753.753.753.753.53.53.53.53.753.75
2002年444444444444
2001年65.755.755.55.255.255.2554.754.544
2000年5.7566666666666
1999年65.55.55.255.255555.255.255.55.5
1998年7.57.57.57.57.57.57.57.57.57.256.756.25
1997年5.935.935.935.936.256.56.757777.257.25
1996年6.126.125.935.935.935.685.685.685.685.935.935.93
1995年6.126.626.626.626.626.626.626.626.626.626.626.37
1994年5.375.125.125.125.125.125.125.125.625.625.626.12
1993年5.875.875.875.875.875.875.875.875.875.875.375.37
1992年10.3710.3710.3710.379.879.879.879.878.877.876.876.87
1991年13.8712.8712.3711.8711.3711.3710.8710.8710.3710.3710.3710.37
1990年14.8714.8714.8714.8714.8714.8714.8714.8714.8713.8713.8713.87
1989年12.8712.8712.8712.8713.7513.7513.7513.8413.7514.8714.8714.87
1988年8.378.878.377.877.378.8710.3711.8711.8711.8712.8712.87
1987年10.8710.879.879.378.878.878.879.879.879.378.878.37
1986年12.3712.3711.3710.879.879.879.879.879.8710.8710.8710.87
1985年13.8713.8712.8712.3712.3712.3711.3711.3711.3711.3711.3711.37
1984年9.069.068.568.569.068.871210.510.510.59.59.5
1983年111110.5610.0610.069.819.819.569.569.069.069.06
1982年13.8713.6213.2513.1213.1212.6211.6210.6210.129.621010
1981年1414121212121212.681415.1214.5614.37
1980年171717171717161616161414
1979年12.51413121214141414141717
1978年6.56.56.57.59101010101012.512.5
1977年12.25129.58.7588876577
1976年10.59.5910.511.511.511.511.5131514.7514.25
1975年1110.5109.7510101111111211.7511.25
1974年12.7512.512.51211.7511.7511.7511.7511.511.511.511.5
1973年8.758.758.58.257.757.511.511.511.511.251313
1972年6666666667.57.59
1971年777666665555
1970年7.5777777777

3-5.過去には....

1992年9月16日(水曜日)まで時を戻そう。このとき、イギリス市場で事件が起きた。ジョージ。ソロスという一人の投資家がいた。この投資家は、ヘッジファンドを持っていた。この当時、まだまだヘッジファンドの存在はそこまで大きなものだと考えられてはいなかった。しかし、この日を境にその考え方は変わってしまう。ソロスは、上がりすぎた、英国中銀の政策金利を見て、ポンド円で空売りつまりは、日本円買いポンド円売りを仕掛けた。これに、英国中銀が資金を出すことによって、ポンドの価値を買い支えようとした。しかし、このイングランド銀行の作戦は失敗に終わってしまう。イングランド銀行は、その後、ERMから離脱し、変動相場へと相場を転換させた。いままでのドイツマルクとの一定の相場関係を崩すような形となったのだ。一連の事件が水曜日に起こったので、ブラックウェンズデーや、イギリスポンドショックと言われている。
実際、ソロスはこの事件で大もうけした。世界中にヘッジファンドの恐ろしさを示した。この後、アジア通貨危機が発生する。その時も、アジア通貨を軒並み、空売りを仕掛けていって大もうけしている。しかし、2000年前には姿を消しているが。

まとめ
  1. イギリスのポンドの政策金利を決定しているのが、イングランド銀行(Bank Of England)。
  2. EU加盟国なのに、イギリスポンドだけでは例外的に認められている。
  3. EU離脱は世界的な問題となった。
  4. 過去には金利の高い時代もあったが、今は低金利である。
  5. ブラックウェンズデーにより、世界中にヘッジファンドの存在をしらしめた。